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村上眞知子のサンシャインな日
オランダ研修旅行【11】~アンネの日記~
4月21日にオランダに着いてからずっと晴天に恵まれましたが、
27日、日曜日は朝から小雨。
少し肌寒い天候でした。
この日は、
アンネ・フランク・ハウス博物館と、国立美術館に行くことにしました。
アンネ・フランク・ハウス博物館には、
開館前からかなりの人の列ができていて
30分以上待ってやっと入ることができました。
「アンネの日記」のアンネ一家が、
第二次世界大戦中、ナチスの目を逃れて隠れ住んだ家、
アンネ・フランク・ハウス。
アンネが日記を書いていた当時のままの部屋が残されていましたし、
当時を証言する物や映像も。
今年の1月、
「アンネの日記」を感動のうちに読み終えた少し後に読んだ歴史書に
“アンネの日記は、戦後、
米国のユダヤ人作家の手で書かれた創作であり、
アンネとは無関係である”
と、記述されていました。
その歴史書には、
いままでの常識が引っくり返るようなことがいろいろ書いてありますが、
真実味もあり、
私は、混乱状態でアンネ・フランク・ハウスを訪れたのです。
「アンネの日記」に出てくる、部屋の入り口を隠した動く本棚、
キッチンや洗面所、アンネの部屋などがそのままあり、
アンネが壁に貼っていた女優の写真なども、当時のまま。
それに、
アンネが13歳の誕生日プレゼントにもらったという日記帳も、
展示されていました。
出版に当たって多少の脚色はあったかもしれませんが、
アンネが隠れ家生活を送って、
日々日記を綴っていたことは確かでしょう。
日本語版の博物館カタログを買ってきました。
このアンネの写真は、その表紙のものです。
帰りの飛行機の中で読みましたが、
「隠れ家以降」のことも書かれています。
強制収容所アウシュビッツから解放された、父オットー・フランクは、
まず妻の死を知り、
その後、ずっと探し回った次女アンネと長女が
強制収容所ベルゲン=ベルゼンで死んだことを知りました。
博物館での父オットー・フランクの訴えるような声が耳に残って、
その心中を察すると、
涙が止まりませんでした。
こんな悲しい思いをする人が少しでも減りますように。